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日本の電力事業をより良くする/電力事業によって日本をより良くする ために考えたこと

電力事業はなぜ地域独占であるべきか?①

※本文が長くなってしまったので先に要旨を述べます。
地域独占は、安定供給の利点と高コスト構造の欠点の両面ある
・日本においては高度経済成長が終わった時点で地域独占の役割は終わった
・かといって、市場原理を導入すれば電気料金が下がるかというと、そう単純ではない
・さらに、市場原理に任せると不採算な地域への電力供給が維持できないリスクがある

 

 

〜以下本文〜

 

先日、このような記事が目に入り、気になりました。

インフラ、民間への売却容易に 自治体の負担軽く: 日本経済新聞

電力業界も自由化が始まったところですが、記事の内容も流れとしてはそれと同じものと言えるかと思います。

 

電力事業をはじめとするインフラ事業は、地域独占(あるいは公営)と自由化(市場原理)のどちらがより適切なのか?

これについて明確な結論を出せるほど筆者は専門家ではないのですが、地域独占と市場原理それぞれの特徴について検討することは意義のあることではないかと思います。

 

まず、地域独占について考えますが、これについては急激な需要増に耐えうるという利点と、高コスト体質になりやすいという欠点があるように思います。

 

急激な需要増に耐えうるという点に関しては、まさに戦後〜高度成長期の日本が該当します。経済成長とそれに伴う電力需要増が確実に見込まれる場合、地域独占にして事業のリスクを極限まで下げることにより、発電所建設の投資がしやすくなり、電力の安定供給を図ることができます。(後に詳述しますが発電所は40〜50年間安定運転して初めて採算がとれる設備なので、地域独占などの保証なく投資をするのはそれほど簡単ではありません。電力が足りないが為に国全体の成長が頭打ちになるのはもったいないので、国全体が成長局面にある場合には、地域独占という方法にも一定の合理性があると考えて良いと思われます。)

 

一方、競争に晒されないということを考えると、コスト削減に対するモチベーションは上がらないため、一般的に独占事業は高コスト体質になりやすいと言われます。

個人的には独占時代の電力会社の人たちが技術的に「手を抜いている」という風には思わないのですが、手を抜く以外にも、「安定供給の観点から不採算な地域への電力供給を排除しにくい」「発電所がある地元の方々の雇用や業者さんの利益を提供するために採算に目をつぶって発注をしている仕事がある」などの高コスト要因があるのは否定できないと思います。特に後者については、筆者が発電所で働くようになって、そういう場面をよく見るなぁと感じます。(ただし、発電所の建設・運営は地元の協力・理解に依存するところが非常に大きいので、単純な否定は難しいとも感じるところです。)

 

以上より、電力事業の地域独占は「高度経済成長には貢献したが、需要が頭打ちになった20年前には賞味期限が切れていた」というのが筆者の考えです。

 

 

続いて、市場原理について考えます。

電力小売業界はこれまで地域独占だったのを自由化して市場原理に任せるようになりました。

従って、現状では我々は電力(小売)事業には市場原理を適用する方が有利であると考えているということになります。

ここで、市場原理の方が優位であることの根拠として、競争の原理が働くことによって業務の効率化を図る動機が生まれ、結果的に供給コストが下げられる(電気料金が安くなる)という点が良く挙げられます。

これについては一般的にはその通りであると思います。市場では常に需要と供給がマッチングされ、電気は安いものから順に売れていきます。さながらAKB48の総選挙が毎日おこなわれているような環境で、リアルタイムで民意が反映されるのが市場原理ということができるのではないかと思います。

 

しかしながら、市場原理が電気料金に与える影響として、電力(発電)事業においては以下の2点に留意する必要があると考えられます。

 

1.資金調達コストの影響

最近、このような記事を見つけました。

原発の電気は安いのか?(後編) – NPO法人 国際環境経済研究所|International Environment and Economy Institute

記事中に、松永安左エ門の「金利の高低は、実に電気の原価を左右する」という言葉が紹介されています。

これは発電所の運営に関しては特にその通りといえるものだと思います。原発や火力発電所のような大型の発電所は、建設時に多大な投資をして、それを40〜50年で回収する、すなわち50年ローンみたいなものです。

ここで、昔の地域独占では50年後にもその発電所の電気が売れる(ちゃんと投資が回収できる)と予想し易かった(リスクげ低かった)ため、安い金利でお金を借りれましたし、資金調達コストが低かったと考えられます。

しかし、現在の自由化市場では、(自由化だけが原因ではないですが、)50年後にも発電した電気が売れる保証のある発電所などありませんから、事業のリスクは高い=金利が上がります。

50年という長い期間を要する事業において、この金利上昇の影響は無視できないと考えられます。

 

2.在庫が持てないということ

電力は現状では貯めておくのが難しい(コストがかかり、ロスが多い)商材であり、従って瞬間毎の需要と供給を常に一致させなければなりません(同時同量)。

これが自由化した際の電気料金にどう影響するかは、例えば以下の書籍が参考になります

 

市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える

市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える") (叢書“制度を考える”)

 

 この本の電力市場(有名なカリフォルニア停電の件)についての項では、以下のような指摘がされています。

電力という商品が持つ特別な性質が、電力市場のパフォーマンスを特に設計に対しセンシティブなものにした。電力貯蔵の費用は高くつくので、電力は必要に応じて生産されなければならない。しかも需要は時間や季節ごとに大きく変動する。

需要のピーク時には、少数の発電所を除くすべての発電所が最大能力で操業している。そして、そのようなときでも、ほんの少数の限界的な生産者のみが高い価格をつけることができるだけである。

たいていの市場では、高価格が自らに終止符を打つ。高い価格が新規生産者を当該産業に引きつけ、このことが価格を低下させることになるからである。しかし、電力に関しては、たとえ高価格が引きつけたとしても、長期においてさえ、需要を満たすための増加は徐々にしか起こらない。新たな発電所こ建設には数年かかるからである。

同時同量の原則がある中で、需要が増えたとしても供給を増やす(発電所を新設し供給力を増やす)には数年かかる場合がある点、さらには電力の価格弾力性の低さ(値段が高くても買わざるを得ない)の影響によって、市場原理が上手く機能しないことがあると述べています。

(尚、本書の主張は電力小売に市場原理を取り入れるなら、上記のような電力事業の特性を踏まえてきめ細かい市場設計が必要というものであり、市場原理がダメとは言っていません)

 

 以上の通り、電力小売事業については市場原理を適用する=競争によって電気料金が安くなる、と無条件に考えるのは適切でないと考えられます。既に電力自由化している日本では、これから試行錯誤を繰り返して市場設計の改善を続けていく必要があると思います。

 

また、市場原理について考える際により重要なのは、電気が人間の生活に必要なライフラインである点です。

この点について、先に述べた資金調達コストが上がるという側面が影響を及ぼします。

資金調達コスト(金利)は、「金利を上乗せして返せるくらい、しっかり儲かってね」という意味合いにも解釈できます。

より踏み込んで言えば、「資金調達コストを賄えない(儲からない)事業はなくなるべき(他の儲かる事業に投資した方が、社会全体のためにもなる)」という考え方が背景にあると考えられます。

すなわち、市場原理に任せると経済的に成り立たない地域への電力供給は維持できなくなるということです。

 ここで、前半で述べた市場=AKB総選挙という側面がまた影響してきます。すなわち、市場原理はリアルタイムで民意を反映できる反面、「1人1票ではない(お金持ち・大口需要家ほど影響力がある)」ということです。

 以上のとおり、市場原理に任せると弱者が切り捨てられる可能性があるということは、留意しなければならないことだと思います。

(※当然、そうならないような制度的な措置…供給責任を課すこと…がとられるわけですが、これは営利企業に不採算事業を強制することになるので、少なからず歪みの原因となります。カリフォルニア停電の一因ともいわれています。)

 

 

 以上、長くなってしまったのでまとめを再掲します。

地域独占は、安定供給の利点と高コスト構造の欠点の両面ある

・日本においては高度経済成長が終わった時点で地域独占の役割は終わった

・かといって、市場原理を導入すれば電気料金が下がるかというと、そう単純ではない

・さらに、市場原理に任せると不採算な地域への電力供給が維持できないリスクがある

 

電力市場の制度設計については考慮しなければならないことが多く、まだまだ勉強不足なので、勉強したらまた書いていこうと思います。